2期目の4年間は、いろいろな課題や問題が噴出した中で

フットワークよく、アクティブに活動ができたと感じている。

その中でも、常に皆さんとの意見交換に念頭をおき、

皆さんの意見から色々なことを学びながらの活動であったと思っている。



・・・と、同時に、今の議会が、今のままでは、本当に市民の皆さんに

必要される組織に至っていないことも痛切に感じた。



有権者の皆さんには、投票するだけでなく、

ご自身の応援した方が、議会でどんな活動をされているのかを

しっかり見ていくことも必要だと思うし、見て頂きたい。

いろんな人が配っている政治信条も、捨てずにとっておいて

のちのち、その方がその信条どおりに活動しているかも

しっかり見ていってほしい。もちろん、私も含めてである。


私自身は、やっぱり応援してよかったと思われるような、

常に皆さんの近くで、皆さんの代弁者として活動したい。



この戦にしっかり勝ちあがって、今後も皆さんと一緒に活動し、

そして、これからの結城づくりに中核として参加できるように

がんばりたい。



この戦の後にある、そう遠くない未来の戦も意識しながら。




追伸.


明日から告示を迎え、

公職選挙法に抵触する可能性があるので、

4/24 開票終了まで、ブログの更新は停止します。


2010年7月の全員協議会で執行部から説明を受けて

初めて公になった、結城市による無許可井戸掘削事件。

新聞報道でも御存じだと思うが、地方公共団体が条例違反をしていたという

驚くような事件である。


9月議会で、100条委員会としての調査委員会が設置される。

結城市での100条委員会の設置は、煙火火薬庫に関わる調査委員会が

平成14年に設置され、調査が行われたのに続いて2度目と記憶している。


私にとっても100条委員会は初めての経験であり、

最初のうちは、どのような流れで調査や尋問が行われるのかを

見極め、全体の 1/3 が経過したあたりから尋問者として参加。

現地を訪問したり、市役所にこもって当時の書類や設計図書を確認し、

不明点を整理して尋問、を繰り返し、事実解明に寄与できたと思っている。


こんな表記は不謹慎かもしれないが、尋問の際に参考になったのは、

2時間ドラマの裁判シーン。裁判の傍聴経験はないのでドラマのシーンが

事実を再現しているのかはわからないが、裁判シーンや取り調べのシーンでの

聞き方は、自分が質問を組み立てるうえで大いに参考になったし、

実際、その聞き方によって、それまで他の議員の尋問ではでてこなかった状況も、

かなり明確にすることができたと思っている。



その後の調査報告書作成においても、素案作成の中核的な立場で関わった。


…というと、カッコ良く見えるが、実際のところは

質問を多くしたから、中身がよくわかっているし、文章書くのが得意でしょ、

と、幹事会で押しつけられたというのが正直な状況。

実際、素案作成を担当したのは4人であるが、その中でも、

実際に文書を書いたのは2人。私は、報告書の一番重要な

「調査事項の問題点と委員会の判断」を担当した。



以前もこのブログで書いたが、今回の100条委員会で尋問に立ったのは

全体のうち、約半数の議員で、その中でも終盤まで毎回尋問を行っていたのは

2~3名の議員であった(そのうちの1人は私です)

そして、ほぼ全員が委員会に参加して、尋問と証言を聞いていたにもかかわらず、

報告書作成の段階で、尋問したから詳しいでしょ、的な感覚で担当を決める議会に

市民の代表として問題の分析・解決ができる機関となりうるのか、

大変疑問を持っていた。



私自身は、全員が尋問・証言を聞いていたのだから、尋問者としてしっかりと

活躍した分、報告書は別の方にお願いしたいと意見を述べたが決まってしまった。

ちょっと愚痴にもなるが、社会経験・人生経験が豊かな先人たちがいる中で、

一番重要な部分を、2期生の一番若い私が書いているということにたいして、

情けないと感じてほしいし、役職だのなんだのではなく、議員が本来やるべき

部分に対して、もっとしっかりと意思をもって参画してほしいと思う。



今回の100条委員会では、主要な証人への尋問に対して複数の議員で分析や質問の

組み立てを担当するなど、議員の分担の明確化をすべきであったと感じている。




また、議会の是々非々の位置づけも、結局は多数派の都合に左右されている。



「分庁舎整備事業」では反対の意見だったばかりに、異端児扱いされた私が、

1年後に、水道問題調査委員会の委員会報告書の素案を書いているというのは、

実に面白い、と思っている。



是々非々とは、本来は、個々の問題ごとにしっかり議論して賛成・反対などの

判断を示すものであるが、議会の是々非々はマトモなことを言ったとしても

多数派の都合でかき消されるものなのである。



そんな複雑な心境の中でも、他の議員たちよりも、はるかに胸を張って

この委員会の中で重要な仕事ができたことを、議員として誇りに思っている。



2010年1月の全員協議会で執行部から正式な表明のあった

分庁舎整備事業。いわゆる「しるくろーど買取」問題。


物件の状態、社会福祉協議会の手狭と消防団の分団詰所の

確保の問題をごたまぜにしたこと、整備費用の問題、などなど、

いろいろな点で説明不足や理解できない部分が多かったことから

私は反対した。


事の次第については、本ブログの左側の私のプロフィールの下にある

「■カテゴリ」の中から「しるくろーど買取」を選んで頂ければ

当時、私が書いた記事が出てくるのでごらんを頂きたい。



この問題については議会内で議論が尽くされたとは思っていない。

当時、特別委員会を立ち上げて情報収集や判断に時間をかけようといった

意見も出たが、できなかったのか、やらなかったのか(たぶん後者だと思っているが)、

実現に至らなかったし、反対の意見を持っていた議員に声がかからず

説明会があったような話も耳にしている。全員協議会での質問も数人でカットされたり、

購入予算が上程される2010年3月 議会の議会開会 30分前に説明会があったが

質問はなし、など、議会側の取り扱い方に様々な問題点が露呈した。



これでは、いつまた同じことが起きるわからない。


こういったことを抑止する意味合いも含めて、

タイトルにもあるように、議会改革の中で議員同士が議論をする場を

つくったり、通年議会(年4回でなく、半年くらい議会を開きっぱなしにする)に

することによって、問題があったとき即座に議会を開いて対応するなどの

柔軟な議会体制が必要になるとおもっている。



ただ、最後は、こういった問題に対する議員の認識にかかわってくる。

どんなによいツールがあっても、使いこなせなければ意味が無い。


「議会改革」という議員が多いが、その改革がどんな内容で、

どんなときに使うのかも重要であるし、問題を問題として認識できる

議員がいるかどうかも重要である。




ツールの成熟化と、問題に対する議員の認識・取り組みの向上の

2つの課題をクリアしなければ、議会改革は成り立たず、

市民にとって必要とされる議会とはなりえない。



この問題を通して、痛切に感じるとともに、

この問題において、市民の皆さんに胸を張って説明できるような

議論なされたのか、自問自答している。



二期8年の在職期間中、議会が終了するたびに議会報告を作成し、

郵送・駅での配布・団地へのポスティング・ホームページへの掲載、

など様々な手法で皆さんにお届けしてきた。


立川ひろとし ホームページ 後援会報のコーナー


これは、8年前に初めて立候補したときに、

後援会の皆さんと約束した大切な公約。


8年間で32回の議会があったが、一度もかかさずに

会報を発行できたことには、ほっとしている。


後援会の皆さんにも、この会報は大変好評で、

「楽しみに読んでいる」「議会傍聴をしなくても雰囲気がわかる」など

うれしい言葉や「内容をもっとわかりやすく」「自分の考えを入れるべき」など

改善点も頂き、いろいろな変遷をへて、現在の会報のスタイルに落ち着いている。



インターネットが充実した中でも、まだまだ全ての方が

ネットを見ているわけではなく、紙による情報伝達は、いましばらくは

なくならないと思っている。



東北・関東大震災においても、市では多くの情報を結城市の

ホームページに掲載しており、私も市の情報開示の取り組みを評価していたが、

市民の皆さんの声は大変厳しく「停電じゃ見られないよ」

「ネットの環境が無いから見られない」など、災害時だからこそ

古来からの手法である紙媒体が確実であると、再認識をした。



そこで、2期目 最後の後援会報では、私の持っている情報を

B4・表裏 1枚に整理して震災情報としてお届けしたところ

「こういった情報を待っていた」「知りたいことが載っていた」など、

多くの方から反応があり、皆さんのほしかった情報を提供できたことが

うれしかった。



現代では色々な情報伝達ツールがあるが、紙媒体は欠かせない。



私がこの世界(政治)で活動している間は、

この会報発行は続けていきたい。




【おまけ】


たちかわ事務所の歴代広報部長


●初代

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●2代目

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1期目・2期目を通じて、市議会のなかの全ての所管を経験できた。


●1期目(H15.4.30 ~ H19.4.29)

初当選当時(H15.4)、市議会には4つの委員会があった。

総務委員会 産業委員会 教育・福祉委員会 建設委員会

1期目の前半2年で総務委員会、後半の2年で建設委員会に所属。


●2期目(H19.4.30 ~ H23.4.29)


2期目(H19.4)では、定数削減の関係で4委員会から3委員会に改変される。

総務委員会 産業・建設委員会 教育・福祉委員会

2期目の前半2年で教育・福祉委員会、後半2年では、産業・建設委員会に所属

後半の産業・建設委員会は、1期目のころの、産業委員会、建設委員会が

一緒になった委員会なので、建設委員会を経験しつつも、産業委員会の

分野を経験していなかったので、希望して所属した。


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昔は委員会の改選は、任期中毎年行われたので、1任期中で全ての委員会を

回ることも可能であったが、現在は2年ごとの改選なので、1任期中で

経験できる委員会は2委員会。全てを回るのに2期を費やした。



委員会の所属の考え方には、特に自分のテーマを強く定めて特定の委員会に

所属し続ける考え方もよいと思ったが、しかしながら自分の守備範囲の固定化に

つながるのではと判断し、広く視野を持つために全ての委員会を回ることを

念頭に置いた。先のステップへ進むにあたり、広く見ておく必要があるとの

判断である。



議会の中で役職をやりたがる方もおられるが、

役職につくと、自分の発言の機会が少なくなってしまうこともあり、

できるだけ避ける方向で動いていた。結果的に副委員長を

仰せつかったこともあったが、これは全て会派間の調整の中で

言葉は悪いがおっつけられたもので、もっと発言したかったという

思いがある。


また、会派間の役職調整の中で、時に、他の委員会に回されることもある。

役職のために委員会を移動するのは、自分の中では疑問にも思っており、

役職を希望しなければ、委員開 改選時の希望もわりとすんなり

通っていることもあった。



私は、議会内の役職は、やりたい人がやればいいと思っている。

そのかわり、その役職に相応しないおかしな言動が見えたら、

遠慮なく指摘している。



全ての議員が、自ら立候補して票を頂いて議員となり、

そして役職についているのだから、しっかりやるのは当然のこと。

その役職を全うできるに足りる経験・判断力があるからこそ、

やりたいと言っているのだと思っているからである。



しかし、現実には???と思うことがある。

議会最終日の委員長報告の原稿は議会事務局が書いたものを

読んでいるだけだったりするし、その原稿の間違いすら気づいて

いないときがある。とある議会で、委員長報告の内容に気になる点があり

終わった後聞いてみたら「そうだ、おかしい」とのこと。



私が委員長をやっていたら、それくらいの原稿は自分で書く。

自分がしゃべることを人に書いてもらうことほど、

議員として怖いことは無いからである。



自分で考えたこと・書いたことを発言するのは

議員として当然だと思っている。